中国山地幻視行~高岳・清楚な花と快適な尾根道 [中国山地幻視行]
中国山地幻視行~高岳・清楚な花と快適な尾根道
尾根を歩くのにいい季節になった。庭に注ぐ陽光を見ていると、家にくすぶっているのがもったいない気がしてくる。どこかいい場所はないかと頭を巡らし、広島・島根県境の高岳(1054㍍、広島県北広島町)に向かった。4月22日のことである。
空に雲一つなかった。風は冷たくもなく暑くもなく。聖湖畔の路肩に車を置き、登山道に分け入った。小さな沢にかかる木橋を渡ると、うっそうとした杉林が広がった。急登をしばらく我慢すると快適な尾根道が続いた。
両側の林にピンクの花。ヤマツツジであろう。緩いアップダウンを繰り返すうち、急斜面の先に青空が見えた。さすがに汗が滴る。開けた山頂に飛び出した。光あふれる空の下、西中国山地の山々が出迎えてくれた。眼下に聖湖、北東に臥龍山、南東に深入山。ほぼ南の方向に聖山と恐羅漢山が望める。360度の展望である。
登りでは気付かなかったが、尾根の両側に白い花。オオカメノキであろう。ヤマツツジといい、豪華ではないが清楚にそっと咲くこれらの花が、今の季節にはとてもよく似合う。
空に雲一つなかった。風は冷たくもなく暑くもなく。聖湖畔の路肩に車を置き、登山道に分け入った。小さな沢にかかる木橋を渡ると、うっそうとした杉林が広がった。急登をしばらく我慢すると快適な尾根道が続いた。
両側の林にピンクの花。ヤマツツジであろう。緩いアップダウンを繰り返すうち、急斜面の先に青空が見えた。さすがに汗が滴る。開けた山頂に飛び出した。光あふれる空の下、西中国山地の山々が出迎えてくれた。眼下に聖湖、北東に臥龍山、南東に深入山。ほぼ南の方向に聖山と恐羅漢山が望める。360度の展望である。
登りでは気付かなかったが、尾根の両側に白い花。オオカメノキであろう。ヤマツツジといい、豪華ではないが清楚にそっと咲くこれらの花が、今の季節にはとてもよく似合う。
中国山地幻視行~恐羅漢山・まつりのあと [中国山地幻視行]
中国山地幻視行~恐羅漢山・まつりのあと
広島県の最高峰・恐羅漢山(1346㍍、広島県安芸太田町)に4月8日、登った。残雪が心配だったが、連日の好天で消えているだろうと根拠のない予測のもとに出発した。
果たして、ゲレンデには白い帯のように雪が伸びていた。さすが県内有数の豪雪地帯である(だからスキー場もあるのだが)。雪のないゲレンデの端っこを登ったが、最上部でついにつかまった。つま先をけりこみ、乗り切ったところで早い休憩をとった。林間に入ると雪は消えた。このまま頂上まで行けるかな、と思っていたら直下で再び残雪。日当たりはよかったが、この山で最も雪の多いあたりである。そのためであろう。
山頂は日差しが降り注ぎ、暑いほどであった。ザックの寒暖計を見ると25度近くになっていた。
帰途は夏焼峠を経由し、三角形のコースをとるつもりで途中まで下りたが、残雪が深く時間がかかりそうだったので引き返し、往路と同じゲレンデを下りた。動きを止めたスキーリフトの塔が立ち並ぶ姿は手持無沙汰のようでもあり、まつりのあとのわびしさを思わせた。あいかわらず日差しは強かった。
爛漫の桜~四季・彩時記 [四季・彩時記]
爛漫の桜~四季・彩時記
4月4日、好天の中国山地をめぐった。
桜の樹の下には屍体が埋まっている―とは梶井基次郎の言葉だが、満開の桜は私たちの情念を揺さぶる何かがありそれほど美しい、という事実を文学的に表現しているように思う。果たして爛漫の桜は、裏切ることはなかった。
桜の樹の下には屍体が埋まっている―とは梶井基次郎の言葉だが、満開の桜は私たちの情念を揺さぶる何かがありそれほど美しい、という事実を文学的に表現しているように思う。果たして爛漫の桜は、裏切ることはなかった。