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常人ならざる体験をさらりと語る~高野秀行の講演を聞く [山の図書館・映画館]


常人ならざる体験をさらりと語る~高野秀行の講演を聞く

 「謎の独立国家 ソマリランド」という分厚い本を書いた高野秀行の講演を9月24日に聞いた。「未知の旅には罠がある」のタイトルで、広島県山岳連盟が主催した。
 高野は早稲田大の探検部にいたころ、コンゴの謎の怪獣「ムベンベ」を追った体験をまとめた「幻獣ムベンベを追え」などで作家として出発した。講演での本人の弁では当初「辺境作家」としていたらしいが、そうすると「辺境作家って何ですか」と必ず聞かれるので今は「ノンフィクション作家」としているらしい。無味無臭のノンフィクション作家より圧倒的に辺境作家のほうがいいように思えるが、これは本人の勝手だろう。
 講演は三つのパーツに分かれていた。一つは「アヘン王国潜入記」にまつわる話。ミャンマーの山岳地帯、ゴールデントライアングルと呼ばれる地域で1995年から96年にかけて現地の人間と生活を共にした体験を話した。ワ州と呼ばれる一帯で、7カ月間、アヘンの栽培に携わったという。ワ州は有史以来、どの国の支配下にも入ったことがないとされる。そのせいかどうか、生活スタイルはシンプルという。アヘン栽培は肥料もやらず雑草取りと間引きだけ、食生活はもみを毎朝つき、雑炊にして食べる。入れるのはネギか菜っ葉、ニラの類いだけ。卵も食べない。酒は雑穀を発酵させたものを竹筒でつくったコップで飲む。しかし、ワ州連合軍というゲリラ組織を構成、勇猛果敢な戦闘ぶりは知られていたらしい。アヘンそのものはワ州でも使用が禁じられ、税として納めるほか外貨獲得の手段でもあったという。
 二つ目はソマリランドの話。これは「謎の独立国家 ソマリランド」で書かれたことほぼそのままだった。米軍ヘリ撃墜事件を描いた「ブラックホークダウン」で知られるソマリアは今、三つの地域に分かれるという。一つは内戦を終結させ民主主義のルールが徹底されているソマリランド、二つ目はソマリア沖を航行する船舶への海賊行為で知られるプントランド、三つ目が、激しい内乱が今も続くソマリア。その中のソマリランドで住民と生活した体験を主に語った。レンガのような分厚い札束を手にしないと用をなさないソマリランド・シリング。かつてソマリア政府が倒れた時、超インフレが襲ったためこうした状態になった。現在は紙幣印刷技術を持たないため、デノミにできないという。ただ、紙幣を刷り増すことがないので、さらなるインフレにはならないという。高野によれば、経済学者はこの状態を一種の奇跡と呼んでいるらしい。そして覚醒植物カートの存在。見た目は単なる葉っぱで口に入れてもうまくもなんともないが、30分ほど我慢して食べていると突然うまくなり、意識がはっきりしてくるという。ソマリランドの人たちは午前中働き、午後になると仕事をやめて「カート」運搬車が来るのをひたすら待つという。カートが来れば人々が群がり、あちこちでカート宴会が始まる。宴会ではカートが主役でコーラなどの飲み物がつまみになる。居酒屋とは逆の情景だ。もちろん、カート宴会に加わらなければ現地住民との交流もおぼつかないと、高野は言う。

 そしてソマリア人は何事も「超速」でしかも飽きっぽいという。インタビューなど5分も持たず、携帯をいじったり、どこかへ出かけたりする。犬をじっとさせようと思ってもじっとしない、あの感じに似ていると高野は言う。

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 内乱が収まらない南部ソマリアは荒廃しているが物資が豊富で栄えてもいるらしい。理由は、和平会議などが企画されるたび、国連などの支援物資が大量に流入するためだという。ネット社会やマスコミも発達しているという。高野の著作と講演は、ソマリアに対する我々の常識を覆すのに十分である。

 三つめの話は「謎のアジア納豆」。納豆は日本固有のものと思いがちだが、アジアに広く納豆文化圏は存在するらしい。食べているのはそれぞれの国のマイノリティーだという。なぜか。アジアの中で納豆を食べないのは漢民族である。だから漢民族に押しやられ、肉や魚が手に入れにくい山岳部、盆地の民族・地域で納豆文化圏が成立したのだという。しかし、藁で包む日本の方式は他のアジア地域ではほとんど見られず、シダなどの葉でくるんだものが主流である。

 この三つの話をまとめて、高野は「辺境とは何か」と問う。ソマリアは世界に開かれ、ソマリア人は世界をよく知っている。これに対して日本は閉じられた文化圏、つまりガラパゴス化が進んでいる。世界から見れば辺境とは日本のことではないか。「納豆文化圏」を考えてもそういえるのでは、と高野は言う。

 講演の印象を一つだけ言えば、高野と同じ早稲田大探検部OBとして角幡唯介がいる。角幡は高野のちょうど10歳年下である。角幡の場合、探検という行為自体が「表現」として認識されている。そのため、探検という行為を通して生と死が極めて近いものとしてとらえられる。言い方を変えれば探検を内省的にとらえる。しかし、高野の場合はどうか。あえて生と死を並べてみせることを、高野はしない。むしろ「死」を遠ざけることで「探検」を成し遂げようとしている。例えば、海賊行為で知られるプントランドを訪れた時、拉致されないためボデーガードを雇っているが、この話をするときに「おそらく拉致する人間も護衛をする人間も同じ人たちだろう」と明かし、「つまり身代金を前払いにするか後払いにするか(ボデーガード料は結構高く、少しの期間雇っただけで身代金ぐらいになったという)の違い」と話した。これは結構すごいことだが、高野は「すごいこと」とは言わない。角幡なら別の言い方をしただろう。

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謎の独立国家ソマリランド

謎の独立国家ソマリランド

  • 作者: 高野 秀行
  • 出版社/メーカー: 本の雑誌社
  • 発売日: 2013/02/19
  • メディア: 単行本

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