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探検家であり、作家であるということ~角幡唯介の講演を聞く [山の図書館・映画館]

探検家であり、作家であるということ~角幡唯介の講演を聞く

 「空白の五マイル」や「アグルーカの行方」の著作を持つ探検家・角幡唯介氏の講演(広島県山岳連盟主催)が10月4日、広島市内であった。強靭な肉体で次々と過酷な探検をこなすが、同時に惹かれるのは(こんな言い方をすると誤解されそうだが)、探検家〝らしからぬ〟生と死への深い洞察と、しかもその体験を重層的に文字に定着する、稀有な能力のためである。

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 講演は1時間余りで、「空白の五マイル」の原体験であるツアンポー峡谷探検のこと、そこからニューギニア探検(途中で挫折したらしい)をへて北極探検へと向かった経緯、そしていったんは、荻田泰永氏との1600㌔踏破=フランクリン隊が見た極北の風景=「アグルーカの行方」で結実した北極の雪原行に再び向かうことになった経緯などに及んだ。とてもこの時間枠に収まるわけはなく、最後は押せ押せになったが、それなりに面白くはあった。

 彼は来年、グリーンランドのシオラパルクを出発点に北極圏を1200㌔~1300㌔踏破するという。3月には現地へ行き、夏に食糧をデポ、冬の北極圏を歩く。その際のキーワードとして三つをあげた。一つは「極夜」。終日夜であるとはどういうことか、体験したい。一つは「単独」。「空白の五マイル」でも、彼は単独行であることで生と死を見つめるという得難い経験を手に入れている。「自然との没入感」と語るが、この思想は彼の一連の作品に濃い縁取りを与えている。そして「犬を連れていく」―。理由を雄弁には語らなかったが、単独行による閉鎖された思考サイクルに陥らないための「保険」であるように見えた。

 北極圏の氷床は、いうまでもなく何もない平らな雪原であり、地図とコンパスによる位置確定は困難である。しかし、現代にはGPSがある。にもかかわらず、今度の北極行では、GPSではなく六分儀を使って位置を割り出すという。星の位置を測り、そこから現在地を確定する。なぜそんなことをするのか。「冒険とはナビゲーションが面白いのであり、GPSにはその醍醐味がない」と彼は話した。「それでは極地の外にいる感じになる」―。ここに彼の冒険・探検への哲学がのぞいている。

 もう一つ、講演の中で「犬との対話」に多くの時間を割いた。しかし、それは人間と犬の愛情物語でなく「格闘談」である。あるのは、愛玩動物としての犬ではなく過酷な環境の中での人間と犬の関係のありようである(こうした関係は、たしか本多勝一氏も、エスキモーのルポの中で触れていた)。生と死が極限的に問われる中で、人間と動物の命のやり取りがどうとらえられるべきかについては、「アグルーカの行方」にも麝香牛を殺す印象的な場面がある。

 冒険や探検について「スポーツ的な部分が思考に合わない」と語る角幡氏の言葉は、まぎれもなく肉体(=探検家)と精神(=ライター)という二つの得難い能力を手に入れているかに見えた。

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空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む (集英社文庫)

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  • 発売日: 2012/09/20
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アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極 (集英社文庫)

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  • 作者: 角幡 唯介
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2014/09/19
  • メディア: 文庫

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コメント 2

山子路爺

「空白の5マイル」はラジオのインタビューで聞いた事が有ります。
でも車を運転中だったので、内容はあまり覚えていません。たった5マイル行くのに大変な苦労だった様な記憶が有ります。
機会があったら読んでみようかと思っている次第です。

by 山子路爺 (2014-10-04 23:26) 

asa

≫山子路爺 さん

南極到達でアムンゼン隊に先を越されたフランクリン隊の「旅」に関心を示す角幡氏の一連の作品には、単なる成功談としての冒険物語でない魅力を、私は感じます。「空白の五マイル」は、特にそういう作品だと思います。
ぜひ読んでみてください。
by asa (2014-10-05 16:40) 

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