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旅におぼれて~スペイン断章Ⅴセビーリァ・赤い情熱 [旅におぼれて]

旅におぼれて~スペイン断章Ⅴ


 セビーリァ・赤い情熱
 

 人類発祥のときから、赤は神聖な色であった。赤は火の色であり、血の色であるからだ。クロマニヨンの洞窟には赤い色の壁画があったことが知られている。紀元前のアジアでは硫化水銀による赤が用いられたが、毒性があり日持ちが悪かったため衣料には使われなかった。緋色の軍団と呼ばれたローマ帝国の軍団のマントも、真正の赤ではなかったようだ。ヨーロッパが「完璧な赤」を手に入れたのは、スペインのコンキスタドール(征服者)たちが1519年、メキシコの市場でアステカ人たちが売っている染料を目にした時だったという。その染料の原料とは…。この話のタネ本はエイミー・グリーンフィールド「完璧な赤」(早川書房)である。とても面白い本です。

 このようなことからすると、「赤い情熱」というタイトルはややおかしい。人間の根源的な精神の発露である「情熱」を形容する言葉は、もともと「赤」をおいて他にないからである。

     ◇

 セビーリァでフラメンコを観た。その前夜にもグラナダでフラメンコを観た。もともとフラメンコの発祥の地はグラナダであるとされる。サクロモンテの丘の洞窟に住むロマ民族の人たちが18世紀ごろ始めたとされるが、異説もある。そんなわけでグラナダの洞窟へ、フラメンコを見に行った。その翌日、セビーリァのタブラオを訪れた。タブラオとは「板」のこと。フランス語で言う「タブロー」は二次元芸術(絵画など)を指すが、この地ではフラメンコの舞台を指す。まさしく「板一枚」の世界なのだ。そこで踊り子たちは激しく足をふみならす。

 誤解を恐れず印象を言えば、グラナダは情念が洞窟にこもる踊りであった。セビーリァではそれがやや洗練されて「ショー」になっていた。津軽三味線を下北半島で聞くか、東京・渋谷あたりのライブハウスで聞くか、といった違いのようにも思える。津軽三味線を引きあいに出したが、なぜか私の感性の中ではフラメンコは津軽三味線と共振する。しかし、少なくとも一つ違うものがある。津軽三味線に赤は似合わないが、フラメンコはこれ以上ないほど赤が似合う。だからグラナダでもセビーリァでも、光の主役は赤であった。

 リズムの裏を取る、というのであろうか。あれはとても日本人にはまねができない。調子に乗って手拍子でもやれば大けがをしそうだ。そしてそれは、情念が刻むもの、としか形容のしようがない。でも日本人は好きですね、フラメンコ。私も好きです。


【注】写真は、はじめの4枚がセビーリァ、最後の1枚がグラナダ。

【注】最後まで読んでいただいた人のために。南米で使われていた「赤」の染料の原料は砂漠のサボテンに寄生する「コチニール」というアブラムシの一種。スペインが南米で独占したものは金銀銅だけではなかったのですね。

 
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コメント 2

Jetstream777

まとめて、拝見させていただきました。 存分に楽しまれたようですね。 あのフラメンコの情熱的な踊り、まさに芸術の極みですね。 セビジャのフラメンコ、私の行ったところも多分同じ場所です。 懐かしく・・・ ありがとうございました。
by Jetstream777 (2012-04-02 23:30) 

asa

≫Jetstream777さん
そうでしたか。楽しんでもらえてよかったです。
by asa (2012-04-04 01:27) 

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