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中国山地幻視行~冬の吉和冠 [中国山地幻視行]

 

 中国山地幻視行~冬の吉和冠

 四季鮮やかに表情を変える山。西中国産地の吉和冠(1339㍍)はそんな山だ。だから何度行っても、あきることがない。春はひっそりとしているが個性豊かな花々。夏は沢の瀬音と、ツイッと岩陰を走る魚影。秋は錦繍といっていい紅葉。そして冬。この山の魅力は、実はこの季節にあるような気がしてならない。時に1㍍を超す積雪。葉を落としたブナ林の静寂。結局毎年、アイゼンとカンジキを抱えて麓に向かうことになってしまう。以下はある印刷物に、頼まれて寄せた文章の一部である。ある年の冬、実際に体験した出来事を記した。


 ラッセル

 夜半から雪が降り出した。
 雪が積もるときには音がする、ということを初めて知ったのは山でテントを張っていてのことだった。寝ていると頭上から「シュワシュワ、シュンシュン」とひそかに話しかけるように音が降りてくる。この夜もしんしんと気配が伝わってきた。
 早朝、庭は雪に覆われていた。 ガレージから車を引き出すと広島県の西北、西中国山地へと向かった。山あいに真っ白な国道が延びている。車の後部にはザック、登山靴、ストック、カンジキがそろっている。1時間半ほどで登山口に着いた。身支度をすませ、歩き始める。雪道に足跡。複数の筋が続いている。沢沿いを30分ほど行くと道は大きく左に折れ、本格的な山道になった。その手前、少しのスペースに先行者3人がひと休みしていた。

 手を上げてあいさつを交わし、急斜面に取り付く。とたんに雪が深くなる。踏み跡もなく、ひざ上まで埋まる。ザックに取り付けていたカンジキをはく。息が荒くなり額から汗が噴き出す。しばらくして、背後に人の気配がし始めた。振り返ると一眼レフを首から下げた男性がひとり。その後ろに先ほどの3人連れ。道を譲り、最後尾につく。

 
 IMG_1764 -web.JPG

 静かなブナ林の朝

 親切心からの行動ではない。ずるい計算からだ。先頭を歩けば、新雪をかき分けて登らなければならない。後ろから踏み跡をたどれば楽なのである。しばらくするとカメラの男性が声をかけてきた。「交代で登りませんか」。「いいですよ」と答えたが、3人連れは当惑した表情だった。「実は2人は初心者なので」。リーダーらしき男性と、かなりの年配の男性、あとひとりは女性、という構成。確かに、はいているカンジキも真新しい。「それでは3人交代で」と声をかけた。「何歩にしますか」。「じゃあ、50歩ずつで」。話はまとまった。
 カメラの男性が、まず50歩のラッセル。後は私が代わった。続いて3人連れのリーダー。快適なペースになった。そして頂上直下。雪はますます深く、新雪にカンジキも埋まる。息が上がり始め、立ち止まることが多くなった。「30歩にしますか」。だれともなく提案し、ラッセルの歩数を減らした。
 2時間余りでたどりついた山頂では、青空に樹氷がきらめいていた。広島県内の山だが、日本海の風はここまで直接渡ってくる。途中に高い山がないためだ。周辺より積雪も多いし、樹氷もできやすい。氷に覆われたブナ林を見るのが楽しみで、きょうもここまで来たのだ。「この雪だと、ひとりでは大変でしたね」。「3人交代だから登れたようなものですね」。みんな笑っていた。カメラの男性はあたりの景色を写真に収めると、無愛想に「じゃあ」と一言いって下りていった。3人連れは弁当を広げ始めた。寒風の中、私はガソリンコンロに火をつけ、湯を沸かしてコーヒーをすすった。ほのぼのと楽しい、冬の一日だった。
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