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山の図書館~「天空への回廊」と「還るべき場所」(笹本稜平著) [山の図書館・映画館]

 山の図書館~「天空への回廊」と「還るべき場所」(笹本稜平著)

 国際的な謀略戦を描くことで定評のある作家が書いた、8,000㍍峰を舞台にした小説2作。

 「天空への回廊」は2002年、光文社刊。エベレスト頂上をめざす日本人登山家が、通信衛星の北西壁激突に遭遇する。衛星は原子炉を積みプルトニウム汚染が懸念される。米仏の登山家、CIA、デルタフォース、ロシアの退役軍人が入り乱れての活劇ドラマが展開される。

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 笹本稜平著「天空への回廊」(光文社刊)

 ここでは、エベレストは脇役に甘んじている。それでも随所で、剛直かつ抑制のきいた文体が山岳の魅力を伝える。
 「眼下に広がるのは、岩と氷と蒼穹が織り成す、別名『沈黙の谷』とも呼ばれるウェスタンクウムの荘厳な景観だ。
 急峻で雪のつかないエベレスト南西壁の岩肌は、鋭利な鉈で断ち切られたように二千数百メートルの空間を切れ落ちる」
 こんな文章で埋め尽くされた小説を読みたいと思う。そんなとき、6年をへて2008年6月に出たのが世界第二の高峰K2を舞台にした「還るべき場所」(2008年、文芸春秋社刊)である。前作のような、大掛かりな道具立てはない。そのかわり濃密な山の描写が全編を包む。
 冒頭、主人公の若い登山家は山のパートナーでもある最愛の女性を失う。
 「思わず安堵のため息をついたまさにそのとき、ロープへの加重が消えた。心臓が縮み上がった。聖美が落ちた」

 

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 「還るべき場所」(文芸春秋社刊)


 以来、山へは足を向けず、隠遁の生活を送る。甘美な喪失感が小説の基調低音になる。そして4年がすぎる。「K2へ行かないか」。かつての仲間から「不意打ちを食らった」気分で誘いを受ける。トレーニングを再開する。
 「鋭角的なピークを連ねて前穂高へとせりあがる北尾根、怪異なジャンダルムの岩峰とそこから西穂高岳に至る鋸歯のような稜線」。文章がさえわたる。公募登山に同行したついでに、K2へと向かう。ある高所ポーターの話を聞いて心がざわつく。女性が死んだ翌日、同じ場所で同じ女性らしいクライマーを見たというのだ。
 そして還ってきた。K2の東壁。4年前と同じ、険悪なオーバーハング。パートナーがホールドをつかみ損ねる。ロープが流れる。
 「そのとき亮太の真下であるものが目に止まった」
 「思わず体が震えだす。謎が氷解した」
 マナーとして、ここから先は書いてはならないのだと思う。

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