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生と死の分水嶺を描く~山の図書館 [山の図書館・映画館]

生と死の分水嶺を描く~山の図書館

「運命の雪稜 高峰に逝った友へのレクイエム」神長幹雄著

 1000㍍に満たない、ある低山での体験だ。頂上から、登ってきた道を下りようとした。そのルートの横には巨木の陰にもう一本のルートが、あたかも山裾まで続くかのように口を開けていた。のぞいてみると、道幅は案外と広い。ここを下ってみるか。たいした考えもなく足を踏み出した。しばらくは快適だった。落葉樹林をすり抜けていく。しかし、踏み跡はどんどん薄くなり、ついに杉の倒木が行く手を阻んだ。なおもそれを乗り越えると、前方は崖だった。もう引き返すしかなかった。来た道を登りはじめた―。そのつもりだった。しかし、それは来た道ではなかった。ひとり山中で方角を見失ってしまった。途方に暮れていると、幸運にも1人の登山者と出会った。位置を聞くと、なんと下山ではなく隣の山へと向かっていた。もしあのとき、登山者と出会わなかったら―。

 
運命の雪稜_001.jpg


 「運命の雪稜」の巻末には、著者と本多勝一の対談が収録されている。この中で本多は、困難さを追求するアルパイン登山のありように対して「比喩としての『定向進化』」という視点を示している。これに著者は「ここ20年ほどの遭難は(略)ある種の慣れから危険予知能力が鈍くなる可能性を示唆している」と応じている。簡単に言えば「油断」だが、そう言ってしまえないところがある。「魔が差す」とでも言うのだろうか。

 8000㍍地帯は、死のにおいがするという。酸素濃度は地上の3分の1。そこへ意識的に足を踏み入れる。著者によれば「死と紙一重の世界」である。だれも、死にたくはない。しかし、死にたくはないという動機だけで行動すれば、こうした高山に足を踏み入れることなど永遠にない。「死」という一線を越えて、命を賭してまでそこへ向かう何かがあるはずなのである。

 鍛えられた理性でなお支配できぬ一瞬の心のすきと、抑えきれぬ情熱が織りなす結末。この二つの軸が作り出す八つのドラマが、この書を構成している。

 ナンガ・パルバットの頂上直下。中島修は高度順化の失敗からか体調を極度に悪化させていた。それを押して、一度はあきらめかけた一歩を踏み出す。永遠に戻ることのできない一歩を=「不条理の頂上台座」。

 高見和成は厳冬の大山頂上から滑落する。奇跡的に死を免れ、3日間かけて8㌔の下山を決行する。その5年後、高見は冬の大山であっけない死を迎える=「地獄谷からの生還」。

 トゥインズ主峰を狙って、佐藤正倫ら7人は快晴の雪原にトレースを刻んだ。セカンドとしてアンザイレンしていた佐藤はトップを代わるためザイルを外し、トップのすぐ後ろに着く。小さな声とともに佐藤の姿が消えたのは一瞬だった=「悔恨のヒドゥンクレバス」。

 運命のわずかな分水嶺が、生き残るものと死んでいくものを作り出す。しかし、山で死ぬ者はまだいいのかもしれない。各章ではその死を受け止め、受け入れようとする家族の姿が描き出される。中島の父は葬儀のあいさつでこう述べたという。

 ――正倫が情熱のすべてをつぎこんだ山を、私はこれから年月をかけて理解していこうと思っています。それが、正倫のなによりの供養になるのではないでしょうか。


 

 わたしたちのような低山徘徊者は特に、山で死んではいけませんね。

 「運命の雪稜 高峰に逝った友へのレクイエム」は山と渓谷社刊。1500円(税別)。初版第1刷は2000110日。神長幹雄は1950年東京生まれ。信州大卒業後、山と渓谷社入社。94年から「山と渓谷」編集長。


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コメント 4

Umi-Bozu

私がよく見ているHPに出てくる方が昨年末、山行中の事故で亡くなられました。亡くなられた方のHPから、その方の山仲間の方々のHPやブログに辿りつき、遺品回収の経緯など詳細を読む事ができました。
まったく面識の無い方々なのですが、一連の記事を読み非常にショックを受け、しばらくの間山行が怖くなってしまいました。やはり山で死んではいけませんね。
by Umi-Bozu (2012-02-15 21:45) 

asa

≫Umi-Bozuさま
山に登っていると「死」はわりあい身近にあると感じることがあります。
くれぐれも気をつけましょう。
by asa (2012-02-16 07:27) 

Jetstream777

低山でもリスクは潜んでいます。 ある本をよんで、山の怖さがブレーキをかけてます。 でも、そんな機会は必要かも。
by Jetstream777 (2012-02-25 11:06) 

asa

≫Jetstream777さん
いまも、広島市郊外の山で70歳代の女性が行方不明になっています。もう1週間は過ぎていますか。低山は結構リスクがあります。気をつけましょう。

by asa (2012-02-26 09:05) 

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