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「山に入る日 山野彷徨から瞑想的登山へ」(細田弘著) [山の図書館・映画館]

「山に入る日 山野彷徨から瞑想的登山へ」(細田弘著)


 最近、相次いで山ヤの本を読んだ。一冊は「初代 竹内洋岳に聞く」(塩野米松著)で、もう一冊が、この「山に入る日」である。率直に言って「竹内―」は期待外れであった。むろん、竹内は世界8000㍍峰14座を、日本人として初めて完全登頂した登山界の超人である。しかし、この本には、山をめぐる複雑でほとばしるような思いも、同じく8000㍍峰を完全登頂したラインホルト・メスナーのような晩年の諦念めいた想念もない。

 例えば、竹内は山の魅力についてこう語っている。「何が面白いのって?(略)全体から言えば、限りなく魅力的で、面白いものですよ」。これだけである。インタビュアーの腕もあるのだろうが、やはり物足りない。

 「山に入る日」の著者・細田は、竹内とは正反対の登山者である。奥付の経歴を見ると、高校時代から登山を始め、若いころは岩もやったらしい。30歳前後の6年間は、世界を放浪したとある。そして50歳を過ぎての登山再開。この書では、いわゆる名の通った高山はほとんど登場しない。2000㍍に満たない山々で、時にみじめに敗退する齢60を過ぎた単独登山者の思いがつづってある。その中で、岩壁を颯爽と登り尾根の風に吹かれながら疾走するだけが登山の魅力ではないと著者は繰り返し語っている。

 ――私の年齢では何日で歩くかではなく、歩き通すこと自体が目的になる。(大峰山奥駈け日記)

 そして、

 ――体力のある順に四人がばらけた。私は三番手である。

 となる。「四人」は、たまたま山でであった間柄である。この文の最後は、こう締めくくってある。

 ――おそらく熊野奥駈道を歩ききることの意味(意義)は、この風を体感することにある。

 書の全体は、第1章で単独登山の魅力、第2章で山をめぐる瞑想、第3章で、やや本格的な山行記、となっている。第2章、表題になった「山に入る日」は、なかなか魅力的な書き出しである。

 ――ザックを背にして山に向かう特急列車に乗るとき、後ろめたいような、こそばゆいような微かな快感を覚える。そして、(略)ゆっくり背凭れに身を委ねながら、じんわり湧いてくる解放感に浸る。

 
山に入る日_001.JPG



 だれもが味わった感覚ではないだろうか。そして、

 ――気分転換なら小さな山がいい。でも心に重荷があるならば、大きな山のほうがいい。それだけ多くの汗を流す必要があるからだ。

 著者はここに、旅と登山の違いを見いだす。旅には、登山のような充足感や心の澱のようなものを昇華する力はない、という。この章で面白いのは「兵法者と登山者」という文章である。登山という行為は、剣豪小説に出てくる兵法者の心根に酷似している、と著者は言う。そのうえで「新説 佐々木小次郎」(五味康祐)を引く。

 ――兵法者が負けるを覚悟で仕合に臨むことは断じてない。(略)同様に勝つと分かって仕合にのぞむことも、ない。(略)勝つとも負けるとも予測しがたい或る不可知なものを相互の剣理に感じとった時、はじめてその不可知に生命をかけて仕合をするのである。

 分かる気がする。

 第3部では、「西海谷三山縦走記」がとび抜けて面白い。新潟・雨飾山の北方に連なる魁偉な山々。1500㍍ほどの山並みが、著者の心をわしづかみにする。一度の撤退の後、ある年の10月下旬に雨飾へと向かう。三山の最初の鋸岳手前で山座同定をしたら、鋸岳と思ったのは、実は鉢山と分かる。鬼ケ面山と思ったのは阿彌陀山だった。しかし、なんとおどろおどろしい山名の連なり。

 風雨の吹きすさぶ尾根にテントを張って沈殿し、痩せた水平路を行き、切戸(キレット)を抜けて岩壁に取り付き、ずり落ち、それでも登り切る。こんなシーンが続く。

 決して成功の物語ばかりでない。断念に次ぐ断念。「遥かなる剱岳北方稜線」もそうした文章である。時に、遭難の危険性にさえ直面する。だがその果てに、著者はたどり着いたキャンプ場のベンチで、足元に落ちた蝉と蟻の行列を見ている。そんな心境になりたいものだ。

「山に入る日」は白山書房、1800円(税別)。初版第1刷は2013101日。著者の細田弘は1946年生まれ。高校卒業と同時に秀峰登高会。奥多摩で宙づり事故にあい単独行に。世界74カ国を放浪した後、51歳から山旅登山を再開した。著書に「夢想の峯々」。

山に入る日―山野彷徨から瞑想的登山へ

山に入る日―山野彷徨から瞑想的登山へ

  • 作者: 細田 弘
  • 出版社/メーカー: 白山書房
  • 発売日: 2013/10
  • メディア: 単行本


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