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人生観を山に重ねた文学者の相貌~山の図書館 [山の図書館・映画館]

人生観を山に重ねた文学者の相貌~山の図書館


「深田久彌 その山と文学」近藤信行著


 近ごろ珍しい箱入り本である。このこと一つとっても、深田久彌に対する愛着が分かる。著者は文芸評論家であり、深田の二つの著作集に携わったと自らあとがきで書いている。一つは「山の文学全集」、一つは「山の文庫」。ともに朝日新聞社から刊行された。その著者が折々に触れた深田の「山と文学」、それに「山の文学全集」の解説を編んでこの一冊が生まれた。

 したがって、著者自身が明かしているように、やや雑多な寄せ集めの感がないでもない。その中で畢竟の文章は冒頭「深田久彌・その山と文学」で、深田文学への慈愛に満ちた視線であふれている。それは深田の終焉の地、茅ケ岳の描写から始まる。没後10年の1981年春、山麓に建てられた記念碑には次の言葉が刻まれているという(有名な言葉だが、私自身はまだ目にしていない)。


 

 百の頂に

 百の喜びあり


 

 私などは「一つの頂に百の喜び」があると思っている方だから、この言葉の深みはとてもよく分かる。そして彼は、山への情熱を次のようにも書いている。


 

 「結局私の山登りは、高村光太郎のように、


 

 山へ行き、何をしてくる、山へ行き、

 みしみし歩き、水飲んでくる


 

 それだけが全部であったようだ。せめては、私は山のような人間にならねばならぬ。山のような文章が書けるようにならねばならぬ」


 

 山のような人間にならねばならぬ―。

 この一念で、深田は膨大な、山のような文章を「みしみしと」残したのだろうか。


 

 思うのは、深田の文学者としての相貌である。彼は作家だったのか、批評家だったのか、それとも文献史家だったのか。小説家としての彼は「津軽の野づら」一連の作品で鮮烈なデビューを飾っている。しかしその後、成立過程について「揣摩臆測」がなされ、私生活の転換とともに作品は変質していく。遠回しな言い方だが、つまりは妻・北畠八穂との「合作」問題である。近藤が「(深田は、生地である)大聖寺では聖人のように扱われているが、青森に行くと泥棒呼ばわりである」と書いているように、一方で「盗作」疑惑が消えない。この説をとる代表例が北畠と同郷人である田澤拓也の「百名山の人 深田久彌伝」であろう。

深田久弥その山と文学_001のコピー.jpg
 

 しかし、近藤はここで「八穂は自分の筆ではひとり立ちできなかったのではないか」との見方を示し「発表は合意のもとになされたにちがいない」としている。つまり、深田の初期の文学作品は編集者としての深田と文学の才あるいはきらめきを持つ八穂との共同財産、というわけだが、深田は20年ぶりにある女性と運命の出会いを果たすことで八穂との生活に終止符を打ち「二人のかけがえのない財産」はもろくも崩れ去る。近藤はここに「作品の不幸」を見ている。

 果たして田澤と近藤のどちらの視線が真実を射ぬいているか、今となっては判別できることではないが、少なくとも近藤の視線が深田への慈愛に満ちていることは分かる。

 そのうえで近藤が、小林秀雄とも親交の深かった深田について「批評家」であるとの見方を示している点がとても興味深い。例えば「百名山」についての近藤の解説。百名山の選定基準として「山の品格、山の歴史、山の個性」をあげ「山の品格という点についていえば、深田久彌はしばしば山を人間化して眺めてきた」と書く。人生観照の視点である。小林が数々の文学作品に己の人生観を投影したように、山を通して自らを語る批評家・深田久彌を、近藤は見ている。

 小林秀雄と深田久彌の文学者としての立ち姿の同一性、とでも言えばいいだろうか。

「深田久彌 その大和文学」は平凡社刊。2800円(税別)。初版第1刷は20111216日。著者の近藤信行は1931年生まれ。山梨県立文学館館長。著書「小島烏水―山の風流使者伝」のほか、編著として志賀重昂「日本風景論」などがある。


深田久弥 その山と文学

深田久弥 その山と文学

  • 作者: 近藤 信行
  • 出版社/メーカー: 平凡社
  • 発売日: 2011/12/19
  • メディア: 単行本



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コメント 4

Jetstream777

あの日本百名山が? 興味ある考察ですね。 (笑) 文学者・文筆者としての作者を評していましたコラムがありましたが・・・
ともかく今の百名山ブームをつくった深田久弥氏の功罪は計り知れないとおもいます。 (笑)
by Jetstream777 (2012-01-11 20:43) 

asa

≫Jetstream777さん
「深田には山があってよかったな」と、小林秀雄がどこかで言っていました。
小説家としての深田はいろいろ問題もありますが、「百名山」自体は価値ある作品だと思います。「百名山ハンター」にはうんざりですが…。
by asa (2012-01-11 20:58) 

山子路爺

う~ん、私たちはあまり深田久弥のことをあまり知らないんですねぇ。百名山だけが一人歩きしているようで……彼の事を少しでも知れば百名山も深みが出てくるかも。ハンターたちは「深田久弥の百名山」そのものも読まずに、山の名前だけを並べているような気がして。
by 山子路爺 (2012-01-12 15:17) 

asa

≫山子路爺さん
少し触れましたが、私は深田久彌は小説家であり批評家であり、もちろん紀行文の書き手であり、ヒマラヤを中心とする文献収集家であったと思います。そのうえで「百名山」を評価するもので、ただ同名の山を登りたがる人たちに関心はあまりありません。
by asa (2012-01-12 15:51) 

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