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山の図書館~45億年のロマン [山の図書館・映画館]

 山の図書館~45億年のロマン

 「日本の山と高山植物」(小泉武栄著)

 山に登ると、周りの景色を眺めては「ああ、いいなあ」と思い、路傍の花に見とれては心を癒される。下山すれば明日への活力がみなぎる自分がいる。そんなとき「ちょっと待てよ」とは思わない。この山はどういういきさつでできたのだろう、とか、あの山とこの山はどうして形が違うのか、とか、この花はどこから来たのだろう、とか。普通考えないものである。それを考えてみる。思いをはせてみる。もし、そういう気持ちがあるなら、この本はあなたにとって最適の友になるに違いない。

 「日本の山はなぜこんなに美しいのだろうか」。著者はこう書き出す。海外の山を知らないので日本の山が相対的にどのような価値を持つか考えてみたこともないが、著者によれば日本の山岳は氷河こそ持たないものの、それ以外のあらゆるものがそろっているという。この多様性こそが特徴だという。例えば槍穂や剣なら岩壁、ナイフリッジ、カール、モレーン。白馬なら大雪渓に多彩なお花畑。凡人である私たちの感性はしかし、これらの風景を見て感嘆するにとどまる。著者はその先を探索する。たとえば気象条件。世界に例を見ない強風と多雪。ジェット気流が日本海で合流し、冬の強風を生む。そこに対馬海流から上昇する暖気がぶつかる。日本の山の厳しさと美しさが生まれる。北アルプスに行けば夏でも残雪のある風景と出会うが、これも世界的に見れば珍しいのだそうだ。

 
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 高山植物の多くは北方系だとされるが、それはどのように南下したのだろうか。千島やサハリン、ユーラシアの北方から、氷期に海を渡ってきたらしい。その伝播には火山活動も貢献しているという。森林が破壊され、その後に北方から渡ってきた植物が芽を出す。

 「ヨーロッパアルプスにはなぜハイマツ帯がないのか」「日本の山はなぜ森林限界が低いか」「日本の国土は地層の博物館のように複雑だ」―。著者は、世界的に見て日本の高山は「正統派」であり、複雑で繊細な美しさを持つという。これらを主に地質学の観点から詳細に解き明かし、プレートテクトニクス理論を用いて山脈の形成にまで踏み込むが、ここでそれらを一言にまとめるのは難しい。直接読んで自然の不可思議さを味わっていただきたい。

 地球は約45億年前に誕生したとされるが、現在の地形が形成されるにいたった最終氷期からは1万年である。既に縄文時代は始まっていた。1万年は人間の持つ時間で考えると長いが、地球史の中では1冊の書物の最初の1文字にすぎない。私たちはそのまた一瞬の時間の中で山に登り、感嘆し、癒されているわけだ。ときにはそんなロマンに浸るのもいい。

 地質や気象や植生やその他の分野について、それぞれ専門的に掘り下げた書はあるが、これほど各分野を総合的に考察した仕事を、ほかにしらない。分かりやすく書いてはあるが、学術的な部分もあって読むのに忍耐を要するところもある。そんな懸念がある場合は同じ著者の「山の自然学」がお勧めだ。「氷河時代の植物群 礼文島」や「森林限界がなぜ低いか 早池峰山」「二重になった山稜 雪倉岳」のように、山ごとにトピックをまとめてある。訪れた山のイメージを描きながら読むと分かりやすい。「日本の山と高山植物」が総論であり「山の自然学」が各論-と言えるかもしれない。

 

「日本の山と高山植物」は平凡社新書。初版第刷は2009年9月15日。

「山の自然学」は岩波新書。初版第刷は1998年1月20日。

 小泉武栄氏は1948年長野県生まれ。東京学芸大教授。専門は自然地理学。


日本の山と高山植物 (平凡社新書)

日本の山と高山植物 (平凡社新書)

  • 作者: 小泉 武栄
  • 出版社/メーカー: 平凡社
  • 発売日: 2009/09
  • メディア: 新書

山の自然学 (岩波新書)

山の自然学 (岩波新書)

  • 作者: 小泉 武栄
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 1998/01
  • メディア: 新書


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コメント 4

よしころん

先日お会いした山岳ガイドさん、やはり
「日本の山は美しい」といわれていまいた。

by よしころん (2010-03-26 09:34) 

asa

やっぱり日本の山は繊細なんでしょうね。

by asa (2010-03-26 22:29) 

an-kazu

山へ行く楽しみが増えそうですね(^^)v
by an-kazu (2010-03-26 22:30) 

asa

そうなればいいですね。
by asa (2010-03-26 22:32) 

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