山の図書館~「疲労凍死/天幕の話」(平山三男著) [山の図書館・映画館]
山の図書館~「疲労凍死/天幕の話」(平山三男著)
昨年の夏、北海道のトムラウシ山でツアー中の9人が亡くなった。緯度の高い北海道とはいえ、7月のことである。亡くなった中には経験豊かなガイドもいた。「なぜ」という疑問符は、いまだに心を去らない。この時、遭難した人たちの直接的な死因は低体温症、つまり「疲労凍死」だった。
時に遠征したりすると、無理をすることがある。「いっぱいいっぱい」なのに歩いてしまう。幸い大事に至ったことはないが、山小屋に入ってなぜか寒く、布団をかぶってもガタガタ震えることがある。体温調節機能が壊れている。「ああ、バテてるな」と自覚する。
この「疲労凍死」で取り上げたのは55年前の事故である。2000㍍に満たない那須連山。残雪があるとはいえ、5月の出来事だ。歩きなれた地元の山。2泊3日の行程。そんな中でなぜ高校山岳部の、引率教師を含めた16人中6人が亡くなったか。著者は彼らの行動を詳細に追いながら、だれもが遭遇するかもしれない惨事を再現する。
二つ玉の低気圧。気温3度。風速10㍍以上の風。長い稜線…。そう、これはあの「トムラウシ」に酷似しているのだ。そのうえで、当時は携帯ラジオが普及していなかったこと、雨具が現在のようなゴアテックス製などおよびのつかないものであったこと…などの悪条件が重なる。
「疲労凍死/天幕の話」の表紙 |
丹念に裏付けられた事実が、抑えた筆致で描かれる。救助されたものと、されなかったもの。残酷なまでの対比。そんな中で、部長を務める3年生の母の、ただ山を見つめるたたずまいが共感を呼ぶ。母一人子一人なのだ。感情を抑えきったかに見えた母はしかし、引率教諭の自宅に出向き、叫ぶ。「私の息子を返せ」と。「あとがき」によると母の行動は事実に基づくという。
著者の平山はある女子高の山岳部を率いてヒマラヤ登頂を成功させた経験を持つ。それだけにこの母の叫びは重いのだ。どんなことがあっても、山で死んではならないのだ。
「天幕の話」は、死んでしまった山男との、永遠ともいえる対話である。単独行の天幕に、ウイスキーの入ったカップが二つ。語られるのは目の前にある「死」の手触り、におい、光景である。それらが幻想的な筋立てで展開する。「『天幕の話』外伝」として編まれた「桃井の恋」とともに「山男なら分かる」味わいだ。
ここにあるのは小説家による山岳小説ではなく、まぎれもなく登山者による小説だといえる。一つ不満なのは、タイトルが即物的なこと。でもこれも、山男の武骨さと思えばいい。
「疲労凍死/天幕の話」は山と渓谷社刊。1700円(税別)。初版第1刷は2009年10月1日。「疲労凍死」は「山と渓谷」に「天幕の話」「『天幕の話』外伝 桃井の恋」は「山の本」に連載、もしくは掲載。
平山三男は1947年、栃木県生まれ。立川女子高教諭として同高山岳部のヒマラヤ・ゴーキョ遠征に同行。この時の体験をまとめ出版したことがある。現在は東洋大文学部講師。
ん・・・ やはり無理と判断ミス・・ 改めて再認識させられますよね。
by Jetstream777 (2010-02-27 10:54)
読んでみたいと思いました。
by hanami (2010-02-28 11:16)
前に図書館から借りて読みかけていたのですが、想像と違って
ドキュメンタリーっぽい文章だったので途中でやめてしまいました。
でも、asaさんの文章でもう一回借りてみようかなと(^^)
by ken_trekking (2010-02-28 15:43)
niceをくださったみなさん、ありがとうございます。
「山で死んではならない」という作者のメッセージが伝わる作品です。こういうテーマでは、抑えた筆致にこそ意味があると思います。
「疲労凍死」はノンフィクションに近い書き方ではありますが、基本的には小説だと思います。新田次郎に近い作風ではないでしょうか。
by asa (2010-03-01 08:07)
私たちのカフェ&ギャラリーkazeの近くでも毎年遭難者が
続いています。
ヘリが飛来するので、すぐわかります。
数年たつのに遺体さえ発見できない遭難者もいます。
最近では、チャンピオンに挑戦するボクサーが
体を鍛え、身をきおめるためにやってきて、遭難死しました。
比良山系の山は、傾斜がきつく、遭難者が多いようです。
登山には、十分すぎるほどの準備と知識をもって、進めてほしいと
思います。
何日もへりが上空を飛びながら、遭難者にマイクで呼びかけていたが
結局、見つからず、捜索隊がでて、岩の間に滑落死していたのを
発見した。
去年の秋の話ですが、遺族の方の悲しみは大きい。
僕らも心を痛めます。
by kazenotomo (2010-03-03 14:44)
そういえば、滝で身を清めようとしたボクサーが亡くなりましたね。
井上靖の小説に「比良のシャクナゲ」があり、比良山系の峻烈さをたたえています。眺めるだけならいいんでしょうが…。
なかなかそうはいきませんね。
by asa (2010-03-03 21:05)
『疲労凍死 天幕の話』の著者、平山三男です。
色々なご感想、ありがとうございます。
本業は教員で、専門は近代文学。とくに川端康成の研究を続けています。
この四五日、川端康成と親交の深かった東山魁夷の収集美術品、東山家で所有している魁夷の点検・記録などを学芸員としています。
これは今年、九月半ばから山梨県立美術館で開催される
川端康成・東山魁夷」の展覧会のためです。
ご降臨いただければ幸甚。
東山はご存知のように山の絵をおおく描いています。
最後になりましたが、八方尾根での逗子開成山岳部全滅のことを書く準備をしています。
遭難時の豪雪、僕は白馬の反対側にいました。
今後も色々と感想・お話しなどお聞かせ下さい。
平山三男
by 平山三男 (2011-01-20 08:40)
≫平山三男さん
ありがとうございました。京都に行く機会があれば、ぜひ見せていただきたいと思います。八方尾根の遭難、ぜひ本にしてください。読んでみたいと思います。
by asa (2011-01-20 09:50)
お久しぶりです。
比良山脈・・・日本語の古語「ひら」は急峻な崖地帯と辞書にありました。
糠平などはアイヌ語系かも知れませんが、「ひら・・・・」とか「・・・・ひら」とはやはり崖地帯が多いと思います。
知人に「高比良」さんという方がいます。
でも、「ひら」に漢字の「平」を当てると逆の意味になります。
もしかすると「平山」は「平らな山」ではなく「急峻な山」かも知れません。
古地図や古地名、そして、語源が書いてある岩波の『古語辞典』などで調べて見るのも面白いですね。
東京はうだるような暑さです。
この前、山中湖場の三国山系でブナの新緑を妻と楽しんできて、帰りは古道を通って帰りました。
皆さんも(後略)からの夏山、お気をつけ下さい。
平山三男 2013.7.15
by 平山三男 (2013-07-15 10:44)
≫平山三男さん
お久しぶりです。暑いですね。
井上靖の短編に「比良のシャクナゲ」というのがあり、登山とは関係ないのですが、比良山系の描写がとても好きですね。
そこでもやはり、はるばるとして峻嶮な山なみとして描かれていたと記憶します。
「平山」は「平らな山」ではなく「急峻な山」かもしれないという指摘、面白いですね。
平山さんも、山では気をつけてください。
by asa (2013-07-17 09:56)
お久しぶりです。
心臓窮迫で、緊急入院。
太ももと上腕からカテーテルを入れて、心臓の具合悪い筋組織を焼却。
それから息が切れて、僕の山もおしまいでしょう。
でも、早起きしてラジオ体操をして、散歩。
どうにか、体力・筋力を維持しようと努力しています。
冬山は、数年前、行きなれた八つの天狗へ向かう崖、左に稲子を見るところで、ピッケルかけて渡ろうと思ったら、切れたたった足元の岩をみて、牛がすくみ、これで僕の冬山も終わったと思いました。
幕営地に戻る途中、雪に埋もれた栂に樹の茂みのなかで雉撃ち。
清々とした思いでした。
それから、三国山系などを歩いています。
無理しないこと。
死なないこと。死なせないこと。
それなのに、この連休、また、「疲労凍死」で亡くなられた方がいるのは残念です。
僕もすっかり年を取りました。
今、公益財団法人川端康成記念会の仕事で忙しくしています。
本日の読売新聞に私たちのそうした展覧会について書いた本の書評が載っていました。
また、山の体験などお話したく思います.
平山三男
by 平山三男 (2014-05-11 14:41)