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山の図書館~「山の遭難 あなたの山登りは大丈夫か」(羽根田治著) [山の図書館・映画館]

山の図書館~「山の遭難 あなたの山登りは大丈夫か」
(羽根田治著)
 

 「山の図書館」の第1回は「単独行」(加藤文太郎)を取り上げた。もちろん、最期の山行を除いて生涯単独行を貫いたといわれる加藤が気になる存在だったからだ。この拙文へのアクセスが最近じわじわと増えている。なぜだろうと不思議に思っていたが、たまたま昨年末にある新聞【注①】を見て少し納得がいった。加藤をモデルにした連載小説や漫画が人気を呼んでいるらしい。しかし、なぜ加藤が最近脚光を浴びているかは触れられていなかった。
 中高年の登山ブームが取り上げられて久しい。さまざまなケースが考えられるが、ある年齢に達して、時間が有効に使えしかも健康にもいい「山歩き」を始める人は結構多いのだろう。だがそういう人たちは組織的な訓練を受けていないケースがほとんどだ(偉そうに書いているが、私の場合もそうだ)。そんなとき、集団での登山を選ぶか、単独行を選ぶか。近年の実態をみると、単独行の「敷居の低さ」は大きな魅力でもあるのだ。そしてこの「単独行」というスタイル、なんとなく日本人の心情に合ってもいる。
 私も、実は単独行が多い。一人でなら山と直接向き合い対話ができるからだ。好きなペースで好きな時間だけ山を眺め、好きなポジションで写真を撮れる。集団であれば、まず他のメンバーと向き合わねばならない。その一方、単独行では遭難するリスクが当然大きくなる。例えば昨年、白馬尻の小屋で聞いた話。雪渓で行方不明になるケースは圧倒的に単独行が多いという。クレバスにはまればそれっきり。複数だと救助を求めることができる。わが身に照らせば、こんなこともあった。沢沿いの山道を下っていて、つい道を見失ってしまった。途中で道は沢を外れているのだが、そのまま下ってしまったのだ。幸い途中で気づいて引き返したが、もしもそのままどんどん下ってしまっていたら…。進退きわまる最悪のケースも想定される。でも単独行はやめられない。
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「山の遭難 あなたの山登りは大丈夫か」(平凡社新書、税別760円。初版第1刷は2010年1月15日) 

 羽根田治【注②】の「山の遭難」は西表島での体験から始まる。ロングコースだが標高差はたかだか200㍍。しかしここで七転八倒しビバークの末に下山する。この体験をもとに「人は誰でも遭難のリスクと隣り合わせにある」と書く。「危険な山には行かない」と人は言うだろう。だが「危険のない山」などないのだ。
 登山の危険を説く本は多い。だがその多くは教訓的な事例を並べ、著者の経験に頼った結論を導き出す。こういう本は読んでもあまり参考にならない。しかしこの「山の遭難」は少し違っている。一貫して実証的な姿勢で書かれているのだ。例えば「中高年の遭難事故が増えたワケは?」の章。確かに最近の遭難者をみると8割は中高年だ。しかしこれは中高年の登山者が増えている(分母が大きくなっている)ためであり、「中高年は遭難のリスクが大きい」という結論にそのまま結び付かない。このことを、警察庁集計のデータに基づいて説明する。
 井上靖がナイロンザイル事件をもとに「氷壁」を書いたころ、登山とは例えば厳冬期の北アルプスの壁を登ることだった。魅力的な壁を持つ谷川岳では毎年、記録的な死者を出した。だが昨今の登山ブームは違う。「その敷居の低さによるところが大きい」のだ。だがここで誤解が生じる。いくら時間とカネをかけても、潜んでいる危険はなくならない。
 このあとの細かい分析はこの本に任せよう。著者は「単独行」そのものを否定しているわけではない(なぜなら自身も単独行を好んでいるらしいから)。ただ、そのリスクを一人で管理できるか、万一に備えた対策をとっているかを問いかける。行先はだれかに告げておかなければ話にならない(私自身もこれは徹底している)。そのうえでこう書く。「無用のトラブルを避けるために、山に行く前には救助要請をしてもらうタイムリミットをチャンと決めて、家族らに伝えておくようにしよう」。その通りなのだ。
 後半は「遭難事故のリアリティ」としてさまざまな事故の概要をまとめた。助かった人と助からなかった人。分かれ目は何か。予期せぬ事態に陥って冷静でいられる人は少ない。だから常日頃から遭難のニュースを聞くたびに「自分ならどうする」とシミュレーションを重ねること。「こんなところで死んでたまるか」と生への執念を燃やすこと。それでもなお山は「運が生死を左右することが多分にある場所」なのだ。それを十分に頭に入れたうえで山に登ることなのだ。
 最後の章「なぜ増える安易な救助要請」はタクシー代わりにヘリを使う人、命がけの救助隊に携帯で「早く来い」という登山者…。読めば読むほどおぞましい。大きな山行の前には保険に入っておくようにしているが、これも善し悪しなのだ。ときに「保険に入っているから費用はいくらかかってもいい」と、安易な要請につながる例があるからだ。 あとがきで「いざ書き始めると登山者に対する苦言ばかり」と書いているように、こうした本はそういう傾向になりがちだ。でもこの本が抵抗なく読めるのは、冷静な分析と実証的な姿勢を保ち続けているからだろう。わが身に照らし合わせながら、ぜひ読んでいただきたい。


 【注①】日経新聞12月30日付社会面

 【注②】著者は1961年生まれのフリーライター。著書に、極限状況を生き抜いた登山者のドキュメント「生還」など。

山の遭難―あなたの山登りは大丈夫か (平凡社新書)

山の遭難―あなたの山登りは大丈夫か (平凡社新書)

  • 作者: 羽根田 治
  • 出版社/メーカー: 平凡社
  • 発売日: 2010/01/15
  • メディア: 新書


 


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コメント 8

山子路爺

興味深く読みました。
「運が生死を左右する世界」という事を肝に銘じたいと思います。
部活で(山岳部ではないのですが)山を覚えて今に至っているのですが、多少でも訓練を受けたことが私の財産となっているような気がしています。
①体力をつけること
②地図と天気を読むこと
③ヤマカンを養うこと
こんな事が訓練の内容だったような気がします。
偉そうに書き込みをしましたが、遭難の2文字はは明日我が身に起こるかも知れません。気をつけなければ。
by 山子路爺 (2010-01-29 19:05) 

asa

山子路爺さん、ありがとうございます。
3カ条を、私も肝に銘じましょう。
by asa (2010-01-29 20:23) 

yakko

こんばんは。
若いときは低山に登りましたが、もう登ることは多分無いと思います。
頂上に辿り着いて眺める景色の素晴らしさは登った者しか味わえませんね。


by yakko (2010-01-29 21:53) 

よしころん

あれ?何か変だぞ??という知らせにすぐ気付けるよう、
体力、知力、常に十分で臨まなければいけませんね。
どちらもまだまだ足りていません。。。
by よしころん (2010-01-30 10:03) 

asa

よしころんさん、こんにちは。
山へ行くたび冷や汗をかき、恥をかいています。
それでもやめられない…。

by asa (2010-01-30 12:25) 

ken_trekking

僕も単独が主なので他人事ではありません。自戒せねばとおもっています。
ちょうどさっき図書館から帰ってきたのですが、今日は偶然「ドキュメント
雪崩遭難」を借りてきました。危険への意識を高めるのに都合がいいと思い。
もうひとつは「雪山・藪山」という本。ヤマケイクラシックシリーズの一つです。
どっちから読もうか、考え中です。
何気に「北八ツ彷徨」か「八ヶ岳挽歌」でもいいかな。
by ken_trekking (2010-01-30 15:16) 

asa

ken_trekkingさんも、見るからに単独行ですね。
お互い気をつけましょう。

c_yuhkiさんありがとうございました。
by asa (2010-01-30 18:45) 

asa

Yoshikiさん、ヤヨさん、yakkoさんありがとうございます。


by asa (2010-01-30 19:01) 

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