四季・彩時記~光と風と水と [四季・彩時記]
宇多田ヒカルの「SUNTRY 天然水」のCMがいい。どこかの山岳地帯を歩く宇多田。バックに彼女の歌が流れる。陽も落ち、テントそばで詩を詠む。
月光をして汝の逍遙を照らさしめ、山谷の風をしてほしいままに汝を吹かしめよ
国木田独歩訳のワーズワースらしい。残雪の谷に滝が落ち、天を突く鋭いピークが空撮で浮かび上がる。甲斐駒のようだ。全編に光と風と水が満ちる。
光も風もない日常。庭の花でも眺めていよう。
中国山地幻視行~三倉岳・自宅軟禁の日常を逃れて [中国山地幻視行]
中国山地幻視行~三倉岳・自宅軟禁の日常を逃れて
カミュの「ペスト」を読んでいる。この小説に接するのは、ほぼ半世紀ぶりである。一貫してあるのは、我々は流刑の民であり、追放された人間ではないか、というイメージである。それは今、我々が置かれた状況に酷似する。「Stay Home」と横文字で書けばそれらしくもあるが、日本語でいえば「自宅軟禁」である。この日常に風穴を開けたい。どうすればいいか。
近くの山に登ることである。
4月22日の晴れた一日、三倉岳(702㍍)に登った。気温は15度前後、風はやや強く冷たかった。前回、2月に登った時は三つのピーク周回コースを行ったが、今回は最も高い夕陽岳往復とした(注:三角点は別にある)。ひたすら登ってひたすら下ったのである。駐車場にはそこそこ車があったが、幸い(というべきか…)、山道では人に出会わなかった。ヤマツツジが清楚に咲いていた。
夕陽岳の頂上からは、遠方がよく見えた。広島湾がうっすらとだが望めたのには驚いた。滅多にないことだった。最近のコロナ禍で工場の稼働率が下がり、排煙が減っているせいか。それとも、やや強い北風のせいか。周囲の山々も平素よりくっきりとしているふうだった。
中国山地幻視行~恐羅漢・季節外れ一面の雪 [中国山地幻視行]
中国山地幻視行~恐羅漢・季節外れ一面の雪
2、3日前、中国山地で季節外れの雪が降ったとテレビが伝えていた。タカをくくっていた。4月も中旬、このところ日中の気温は20度を超している。まさか、と思っていた。
4月16日、島根県境の恐羅漢山(1346㍍)。スキー場のゲレンデは一面、雪で覆われていた。それほど古くない足跡のラインが一本。予想外のことで、アイゼンは持ち合わせていなかった。スノーシュ―はまるで頭になかった。それでも、ここまで来たのだからと歩き始めた。先行者の足跡を追うが、スリップする。雪は足首を完全に隠すほどの深さだった。
ゲレンデ上部まで行くと、草原が現れた。陽に照らされ、雪が融けたのだろう。腰を下ろし一息ついていると、スノーボードを担いだ男性が登ってきた。どこまで行きますか、と声をかけたら、ゲレンデが切れるところまで、と返ってきた。そのうち、ボードで快適そうに下っていった。それを見ていると、すっかり登る気が失せた。ゲレンデを過ぎて林に入ればもっと雪に難儀するだろう、と自分に言い聞かせて下ることにした。一面の青空も、下山を促す方に加担しているようだった。そんなにあくせくしないでのんびりしたら、と言っているようだった。
そんなわけで、この日の山行は1時間ほどで終わった。帰途の山里の桜がきれいだった。
中国山地幻視行~深入山・陽は暖かく、風は冷たく [中国山地幻視行]
中国山地幻視行~深入山・陽は暖かく、風は冷たく
尾根道に取り付くと、途端に北風が強くなった。しかも冷たい。日差しの明るさにつられ薄着をしてきたことを悔やんだが、遅かった。
4月9日、深入山。予報では、気温は18度ぐらいのはずだった。ザックから気温計を外して確かめたが、確かに20度あたりを指していた。しかし、風はぐんぐん強さを増した。たまらずウィンドブレーカーを着こんだ。薄手のやつである。風をしのぐだけの代物であった。
それでも現金なもので、尾根を登り切り山頂が見えると、少しはエネルギーが出てきた気がした。周囲に目配りをする余裕も出てきた。この山腹の岩と松の配置は絶妙である。巨大な意思と力が働いて置かれているようだった。簡素で巨大な日本庭園を観るようだ。
山頂に着いた。風が強いため滞留は最小限にした。昼食は風が弱く日当たりのいいところ、ということで、山頂下のあずまやの前を選んだ。結果的に道のそばで、通り過ぎる人がそれぞれ声をかけていった。忙しいことこの上なかった。
帰途は山里の桜を見て回った。1週間かそこら、満開から過ぎているようだった。それでも、なんだか気分が和らいだ。そういえばコロナ禍で今年は花見をしていなかったな。
中国山地幻視行~羅漢山・うららかな陽を浴びて [中国山地幻視行]
中国山地幻視行~羅漢山・うららかな陽を浴びて
西中国山地に登ると山口県境のわずかに西、気になる山がある。羅漢山(1109㍍)である。羅漢とは阿羅漢、すなわち修行を極めた僧のこと。厳しさと激しさを想像させるが、お椀型で遠目にはなだらかな印象だ。頂上には塔のようなものが立っている。
この羅漢山に4月4日、登った。空は雲一つなく気温20度前後。申し分のない天候だった。吉和へ向かう道を左折して県境を越え、里道をしばらく行くと別荘の分譲地が現れる。車を置き、山道に入る。山頂まで約2㌔。中間点あたりにキャンプ場跡がある。どういう経緯ででき、廃屋になったかはよく知らない。そこを過ぎると、にわかに冬枯れた景色が広がった。
男岩と名付けられた岩が現れる。やがて笹薮の直登になった。苦しいことこのうえない。両側の笹や木の枝をつかんで体を引き上げる。しかし、直登が永久に続くわけもなく、傾斜は緩やかになった。
枯れた林の向こうに白いドームが見えた。国交省が設置した雨量観測用のレーダーである。遠目に見えたものは、これであった。山頂広場には展望台があった。北方面を望むと、西中国山地の名だたる山が並ぶ。山口県の最高峰、寂地山。その東に吉和冠の特徴ある山容。その東に相似形をした恐羅漢。その東に大きくてなだらかな十方山…。
家族連れが別ルートで登ってきた。もう十分に、うららかな陽を浴びた。そろそろ下山にかかろうか。