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中国山地幻視行~吉和冠・白銀の森 [中国山地幻視行]

中国山地幻視行~吉和冠・白銀の森

 

 フロントガラスにぽつぽつと小さな跡がつき始めた。雨だろうか。間歇ワイパーを入れた。水滴らしきものは徐々に密度を増した。よく見ると、それは小さな雪片だった。

 2月27日、吉和冠(1339㍍)の登山口にある鉄橋そばに車を置き、暗い山道に入った。路傍のササが雪で白くなっていた。高度を上げると、雪は山道を覆い始めた。沢を渡る小さな木橋のわきに、冬場に巨大なツララが立つ岩陰があるが、のぞいてもそれらしきものはなかった。気温は、朝から氷点より上にあるらしい。

 三角にとがった山頂が見え始めたころ、頭上でごうごうと風がなり始めた。北からの風が舞っているらしい。山道は風裏にあたるため、直撃は受けなかった。

 最後の急登を越えて稜線に出たとたん、北風が頬を打った。白く光るものが目に飛び込んだ。樹氷である。そこかしこの枝が小さな氷をまとっていた。雲間からのぞく太陽が、それらをガラスのかけらのようにきらめかせた。白銀の森であった。

 岩陰に避難してガソリンストーブに火をつけた。ザックに取り付けた気温計は度あたりを指していた。しかし、間断なく吹き付ける北風のせいで体感は間違いなく氷点下だった。

 加藤文太郎の「単独行」に、自分はなぜ凍ったかまぼこばかりを食っているこんな生活を求めているのか、と自問するくだりがあったが【注】、そんな気分にとらわれていた(もっとも、山を下りてしまえばすっかり忘れてしまうのだが)。

 

【注】昭和日、八ヶ岳・夏沢峠を訪れた際の感想。



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雪が山道を覆い始めた

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山頂は白い薄衣をまとったかのようだった

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白銀の森Ⅰ

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白銀の森Ⅱ

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白銀の森Ⅲ

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十方山、恐羅漢山を望む(中央やや右の山塊が十方、その左が恐羅漢)


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中国山地幻視行~三倉岳・空は秋のような [中国山地幻視行]

中国山地幻視行~三倉岳・空は秋のような

 

 211日。予報では、この日を最後に当分雨模様の日が続くという。それでは、と重い腰を上げて向かったのは三倉岳。気になることがあった。人づてに聞いたところ、中岳から夕陽岳のコースは通れるという。いつか確かめなければと思っていた。もちろん危険と判断すれば引き返す、あくまで自己責任、という前提である。もし通れたら、2018年夏には「通行禁止」の張り紙があり、その前が同年5月だから年9カ月ぶりの三倉岳周回となる。

 幸い天気は良かった。気温は15度前後。やや風が冷たい。朝日岳と中岳の鞍部まで順調に登り切り、中岳手前の鎖場に入った。懐かしい手触りだ。中岳の大岩から周囲を見渡す。つい最近登った大峰山がくっきり見える。北西の方向、吉和冠は山肌が白い。多少の雪があるのだろうか。

 中岳から夕陽岳への長い鎖場に入った。多少、地形が変わっている。豪雨禍で岩が崩壊したのだろう。溝(ルンゼ)上部の長い鎖では、依然あった足がかりがなくなっていた。そのため、ほぼ鎖に頼るしかなかった。全体的に前より難度が増しているが、通れないというほどではなかった。ただ、周囲の岩の崩壊の危険度が素人目には分からない。この日も、写真を撮るなどはせず、できるだけ早く通過することを心掛けた。中岳までで出会った人たちも、大半は途中で引き返すことはせず、鎖場を経て夕陽岳に向かったようだった。

 中岳の頂付近にある大岩に陣取って眺めた空は刷毛ではいたような雲が漂い、秋の空のようであった。前回の大峰山でガソリンコンロのことを書いたが、うかつにも写真を撮り忘れた。そこで中岳の大岩の上でコンロの写真を撮ったのだが、この後惨事が起きた。燃料ボトルの栓が行方不明になったのだ。写真映えを気にして、つい大岩の端っこでコンロを使ったため、そばに置いた栓が落下したらしい。ボトルは空気圧縮用のポンプをつけたまま、ゴミ収容のためのナイロン袋に入れ持ち帰った。

 中岳から夕陽岳のコースは、実態として多くの人が通過している。危険度も、それほどあるとは思えなかった(あくまで素人判断であるが)。やみくもに「通行禁止」にするのではなく、もう少し適切な手当てができないものか。麓のキャンプ場や駐車場では施設の整備が進んでいる。稜線の周回がままならないとあっては画竜点睛を欠くというものだ。

 

 

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中岳手前の鎖場。久々の感触

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中岳から見た夕陽岳

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吉和冠

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中岳から栗谷の集落を見下ろす

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こちらは夕陽岳から

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見上げた空は秋の空のよう

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5合目あたりの大岩から

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麓に降り立ち振り返る

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ガソリンコンロ。この後、ボトルの栓をなくした

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駐車場には、こんな立派な人口登攀壁

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中国山地幻視行~大峰山・今冬初の雪山ならず [中国山地幻視行]

中国山地幻視行~大峰山・今冬初の雪山ならず

 

 異常な暖冬続きだったが、ようやく日本海側には今冬一番の寒気団が来たらしい。中国山地の冬景色はどんなものか、大峰山から眺めることにした。

 2月7日。旧玖島小のグラウンド跡に車を置き、別荘団地を横目に舗装道路を登った。人はいなかった。杉林に入り、落葉の積もった急登を越えて最初のベンチへ。ここから、ようやく目当ての雪道が現れた。日陰にうっすら残る程度の雪であった。やがて日の当たる尾根道に出ると、溶けてしまっていた。

 山頂付近にも雪はなかった。はるか北西の中国山地に目をやると、スキー場のゲレンデが白く光っていた。恐羅漢である。目を凝らすとコース上部に雪はなく、とてもスキーができる状態でないと思われた。

 雪上を想定して今冬初めて持ってきたガソリンコンロに火をつけた。バーナーを少量のガソリンで温めた後、バルブを調節して高圧で噴出させる。炎がオレンジ色から青色に変わる。手間はかかるが、低温の環境ではガスより信頼できる(最近は低温でも燃焼するガスも登場しているが)。そしてなにより、ガスボンベより騒音がけたたましい。一人キャンプや誰もいない山頂などでは、このけたたましさがありがたいのだが。

 

 

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落葉を踏みしめて登る

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うっすらとだが、ようやく雪道が現れた

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白く光るのは恐羅漢

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端正な山容は莇が岳だろう

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山頂の標識。しめ縄が張ってある

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気温10度ちょっと。これでは雪も融ける

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吉和冠の特徴的な山容。ここも雪はない

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はるかに広島湾

 


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ひっそり建つ小屋に人生の彩り~山の図書館 [山の図書館・映画館]

ひっそり建つ小屋に人生の彩り~山の図書館

 

「北岳山小屋物語」(樋口明雄著)

 

 北岳にある五つの山小屋を描いたノンフィクション。私自身、振り返ってみると山小屋を題材にしたエッセイもしくは小説を、読んでいるようであまり読んでいないことに気が付いた。最近では「黒部源流山小屋暮らし」が、著者やまとけいこさんがイラストレーターであることもあり、絵と文が楽しく痛快だった。少し古くは「小屋番三六五日」が、各地の小屋番による55話構成で読ませた。小説仕立てでは、笹本稜平「春を背負って」が記憶に。しかし、それぐらいであった。

 さて、「北岳山小屋物語」。書いたのは山岳小説で知られる樋口明雄。

 これまで北岳は2回訪れた。宿泊は麓の広河原山荘と肩の小屋(一度は北岳をピストン、もう一度は白根三山縦走)。広島から南アルプスを訪れると麓までで一日行程となり、翌日は山頂まで直行になってしまう。そんな日程上の都合からいくと「北岳山小屋物語」が白根御池小屋から始まっていることに多少の違和感があった。東京からだと白根御池あたりが最初の宿泊地になるためか、と勝手に想像した。

 この白根御池小屋、位置的な関係で遭難者の救出作業では絶好の中継地点になる。したがって、スタッフもその道のベテランが多いらしい。そこで、救出した男性が翌年、ボッカ担ぎで缶ビールを3箱、小屋に置いていったという「いい話」も挟んである。

 山小屋のスタッフはベテランばかりとは限らない。時に若者を一から教えることもある。山小屋に限らず、どんな仕事場でもあることだ。ただし山小屋は、都会に比べ自然環境が厳しい。そんな厳しさをどう教えていくかは、どの小屋でも課題であるようだ。しかし、強制や四角四面の教え方はせず自主性に任せる、というのが共通のようだ。若い登山者が羽目を外すというのも多いらしいが、いきなりしかりつけず、まず自律性を期待するという。時代性が出ている。

 

 ――(朝食は)無理強いしたりしない。起床時間も比較的自由だし、いちばんつらい作業も、まずはこちらでやってみせる。(略)あくまでも自発を促しながら、いいところを伸ばしてあげるのがコツですね。(広河原山荘)

 

 広河原山荘を父から引き継いだ塩沢顯慈は体力に自信があり、事故があれば真っ先に飛び出す。調理師学校にも行き料理の腕もある。そんな彼の唯一の弱点は山小屋アレルギーだという。ほこりがあるとくしゃみが止まらないのだそうだ。

 北岳山荘の管理人、猪俣健之介は、山好きが高じて…というコースではなく、むしろ山を知らなかったという。山小屋のスタッフになったことから、あちこちの山に登るようになった。

 こんな意外な人生模様が、さりげなく語られる。

 五つの小屋では、両俣小屋だけが少し毛色が違う。ほかの小屋は北岳に登る際、コースの取りようで訪れることになるが、両俣だけは少し外れた沢にあり、意識的に目指さない限り人は訪れない。実際登山者は減っており、最近ではこの地で魚影の濃いヤマトイワナを目指す釣り人が多いという。

 そんな両俣小屋を著者は小型パソコンを担ぎ、取材を目的に訪れた。管理者の星美知子は団塊の世代で大学を中退、雑誌社に勤めているうち登山を始め、南アルプスにのめりこんだ。都会の暮らしが合わないという自分に気づき、めぐりめぐって両俣小屋へ。

 小屋に入って2年目、忘れられない災害に遭遇した。台風による鉄砲水で小屋は全壊。避難者を連れ千丈ヶ岳を越え、雨中11時間かけて北沢峠に逃げた。この体験は自身が著作にまとめた。こうして彼女は両俣小屋の管理人になった。

 山あいや稜線にひっそり建つ山小屋のどれもが、忘れがたいひと模様に彩られている。著者・樋口の言葉を借りれば「ひとつひとつの言葉に重みがあり、人生の彩りが濃い」のである。そんな一冊、山がそうであるように、読み方(歩き方)はあなた次第である。

 山と渓谷社、1400円(税別)。

 


北岳山小屋物語

北岳山小屋物語

  • 作者: 樋口 明雄
  • 出版社/メーカー: 山と渓谷社
  • 発売日: 2020/01/17
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

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