SSブログ

ひっそり建つ小屋に人生の彩り~山の図書館 [山の図書館・映画館]

ひっそり建つ小屋に人生の彩り~山の図書館

 

「北岳山小屋物語」(樋口明雄著)

 

 北岳にある五つの山小屋を描いたノンフィクション。私自身、振り返ってみると山小屋を題材にしたエッセイもしくは小説を、読んでいるようであまり読んでいないことに気が付いた。最近では「黒部源流山小屋暮らし」が、著者やまとけいこさんがイラストレーターであることもあり、絵と文が楽しく痛快だった。少し古くは「小屋番三六五日」が、各地の小屋番による55話構成で読ませた。小説仕立てでは、笹本稜平「春を背負って」が記憶に。しかし、それぐらいであった。

 さて、「北岳山小屋物語」。書いたのは山岳小説で知られる樋口明雄。

 これまで北岳は2回訪れた。宿泊は麓の広河原山荘と肩の小屋(一度は北岳をピストン、もう一度は白根三山縦走)。広島から南アルプスを訪れると麓までで一日行程となり、翌日は山頂まで直行になってしまう。そんな日程上の都合からいくと「北岳山小屋物語」が白根御池小屋から始まっていることに多少の違和感があった。東京からだと白根御池あたりが最初の宿泊地になるためか、と勝手に想像した。

 この白根御池小屋、位置的な関係で遭難者の救出作業では絶好の中継地点になる。したがって、スタッフもその道のベテランが多いらしい。そこで、救出した男性が翌年、ボッカ担ぎで缶ビールを3箱、小屋に置いていったという「いい話」も挟んである。

 山小屋のスタッフはベテランばかりとは限らない。時に若者を一から教えることもある。山小屋に限らず、どんな仕事場でもあることだ。ただし山小屋は、都会に比べ自然環境が厳しい。そんな厳しさをどう教えていくかは、どの小屋でも課題であるようだ。しかし、強制や四角四面の教え方はせず自主性に任せる、というのが共通のようだ。若い登山者が羽目を外すというのも多いらしいが、いきなりしかりつけず、まず自律性を期待するという。時代性が出ている。

 

 ――(朝食は)無理強いしたりしない。起床時間も比較的自由だし、いちばんつらい作業も、まずはこちらでやってみせる。(略)あくまでも自発を促しながら、いいところを伸ばしてあげるのがコツですね。(広河原山荘)

 

 広河原山荘を父から引き継いだ塩沢顯慈は体力に自信があり、事故があれば真っ先に飛び出す。調理師学校にも行き料理の腕もある。そんな彼の唯一の弱点は山小屋アレルギーだという。ほこりがあるとくしゃみが止まらないのだそうだ。

 北岳山荘の管理人、猪俣健之介は、山好きが高じて…というコースではなく、むしろ山を知らなかったという。山小屋のスタッフになったことから、あちこちの山に登るようになった。

 こんな意外な人生模様が、さりげなく語られる。

 五つの小屋では、両俣小屋だけが少し毛色が違う。ほかの小屋は北岳に登る際、コースの取りようで訪れることになるが、両俣だけは少し外れた沢にあり、意識的に目指さない限り人は訪れない。実際登山者は減っており、最近ではこの地で魚影の濃いヤマトイワナを目指す釣り人が多いという。

 そんな両俣小屋を著者は小型パソコンを担ぎ、取材を目的に訪れた。管理者の星美知子は団塊の世代で大学を中退、雑誌社に勤めているうち登山を始め、南アルプスにのめりこんだ。都会の暮らしが合わないという自分に気づき、めぐりめぐって両俣小屋へ。

 小屋に入って2年目、忘れられない災害に遭遇した。台風による鉄砲水で小屋は全壊。避難者を連れ千丈ヶ岳を越え、雨中11時間かけて北沢峠に逃げた。この体験は自身が著作にまとめた。こうして彼女は両俣小屋の管理人になった。

 山あいや稜線にひっそり建つ山小屋のどれもが、忘れがたいひと模様に彩られている。著者・樋口の言葉を借りれば「ひとつひとつの言葉に重みがあり、人生の彩りが濃い」のである。そんな一冊、山がそうであるように、読み方(歩き方)はあなた次第である。

 山と渓谷社、1400円(税別)。

 


北岳山小屋物語

北岳山小屋物語

  • 作者: 樋口 明雄
  • 出版社/メーカー: 山と渓谷社
  • 発売日: 2020/01/17
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

nice!(12)  コメント(0) 

nice! 12

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。