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一人の冒険家の誕生の物語~山の図書館 [山の図書館・映画館]

一人の冒険家の誕生の物語~山の図書館

 

「考える脚 北極冒険家が考える、リスクとカネと歩くこと」(荻田泰永著)

 

 荻田泰永の名を知ったのは、角幡唯介「アグルーカの行方」を読んでであった。北極圏で129人全員死亡という悲劇的な結末を迎えたフランクリン隊の足跡を追ったノンフィクションだが、角幡がこの旅で頼りにしたのが、荻田だった。「アグルーカ…」で、荻田は次のように描かれている。

 

 ―-荻田は〝北極バカ〟を自称するぐらい北極にばかり通っている冒険家で、その年の春にはレゾリュート湾から北磁極までの600㌔少々ある凍った海の上を、一人で37日間かけて踏破していた。それが10回目の北極旅行だというのだから、たぶん本当に〝北極バカ〟なのだろう。(一部省略、和数字は洋数字に書き換えた)

 

 〝北極バカ〟を自称するこの男、なぜに北極に魅せられたのだろうか。それに、北極などおいそれとは行けまい。最初の北極行はどんなものだったのか。専門家に連れられて行ったのか、ガイドを雇ったのか。知りたいことが山ほどあった。「アグルーカ…」は魅力的な本だったが、そんな中で「オギタ」は心に引っかかっていた。

 そして、荻田の「考える脚」が出た。手に取らないわけにかなかった。

 ここでは、三つの冒険がピックアップされている。「北極点無補給単独歩行の挑戦」(2014)、「カナダ~グリーンランド単独行」(2016)、「南極点無補給単独徒歩」(2018)である。これに北西航路や北東航路の歴史などが絡められている。角幡とともにフランクリン隊の足跡を追ったのは2011年のことだから、いずれもその後の冒険行である。荻田の書きぶりからすると、この掲載順は年代順であるとともに、難易度の順番でもあるようだ。

 北極点への旅は、タイトルに「挑戦」とあるように未完で終わった。カナダからグリーンランドへは、事前情報がなく危惧されたポイントもあったが、なんとか乗り切った。そして、南極点への旅は、観光旅行より多少難易度が増した程度(と本人は言う)。事実、南極点は飛行機から直接降り立つことができ、ゴール前で観光客が待ち受けて祝福してくれるというなんとも緊迫感のないことになっていた。

 そうはいっても、我々から見ると「極地への旅」である。資金はどうする、日常生活はと、疑問は尽きない。荻田はその辺にも触れている。そして最も驚くべきは、彼の生きざまそのものであろう。大学を中退、家でゴロゴロしながら見たテレビで、ある冒険家が話した北極、南極のこと。その冒険家がツアーの参加者を募っていると知り、応募する。それから、アルバイトで資金を稼ぎ、たまれば北極へと向かう日々が10年続く…。

 ―-(北極は)行く人が少なく、そこを歩く人が極めて少ない。だからこそ自由なのだ。自分の裁量で、これまで試されていないことを実現できる余地が残されている。

 考えてみれば、ここに冒険の本質があるのかもしれない。冒険とは自由への旅なのだ。どんな高山、酷寒の地であろうと、人の手でコースが整備され、データがそろっていれば冒険の価値は薄れる。荻田はそれに比べ、北極海は恐ろしいところだという。乱氷が行く手を阻み、ようやく越えたかと思えば激しい海流が氷を押し流し、一日歩いた行程をなかったことにしてしまう。時にはリードと呼ばれる、氷原に現れた海に落ち、引きずり込まれるかもしれない。ブリザードによる停滞もある。持って行く食糧にも限りがある。飢餓との闘い。こうした困難が待ち受けるからこそ、荻田は北極へと向かう。

 カナダからグリーンランドへの旅は、人との交流に満ちている。出発地点でもゴール地点でもイヌイットの人たちが手を振ってくれている。しかし、この旅の途中にはまぎれもない国境がある。かつての米ソ冷戦の時代であれば、ここに鉄のカーテンがあった。荻田によれば「世界最北の密入国者」が誕生する(もちろん冗談だが)。そして、現地に住む日本人に、このルートは初トレースだと聞かされる。事前にデータを調べようがなかったのだ。

 冒険とは何だろうか。未知とはなんだろうか。北極圏の乱氷帯を、自分の目の高さで見たらどのように見えるだろうか。ひょっとして南極へは行けないだろうか。そんなことを考えながら読むと、とても楽しい本である。そして、一人の冒険家がどのようにして生まれたか、が率直に語られている。併用の地図がもう少し詳しければよかった。

 KADOKAWA、1500円、税別。


考える脚 北極冒険家が考える、リスクとカネと歩くこと

考える脚 北極冒険家が考える、リスクとカネと歩くこと

  • 作者: 荻田 泰永
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2019/03/27
  • メディア: 単行本

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