中国山地幻視行~寂地山・カタクリは咲いていた [中国山地幻視行]
中国山地幻視行~寂地山・カタクリは咲いていた
犬戻しの滝へ至る遊歩道の入り口に車を止め、身支度を整えていると夫婦連れらしい二人が登ってきた。ベンチに腰を掛け一息入れている風なので声をかけた。
「カタクリはまだ咲いていますかね」
「さあ、この間の土曜日に登った人は、ちょうど見ごろだと言ってました」
きょうは4月27日、金曜日である。もう1週間も過ぎている。山口県の最高峰、寂地山(1337㍍)に咲くカタクリの花を目指してきたが、やっぱり遅かったか。そんな思いでこう答えた。
「まあ、あまりあてにしないで登ってみます」
今年はどの花も咲くのが早い。春になって気温が高めだからだ。桜もけっきょく時機を逸した。カタクリは例年だったら4月末、ちょうどいいころなのだが…。咲いてなくとも、新緑の山を楽しめばいいか。沢沿いの道に足を踏み出した。
陳腐な表現だが、新緑が目に痛いほど鮮やかである。空の青とマッチして、やっぱりこの季節は山歩きに最適である。…つと、足元に落とした視線の隅に、濃いピンクが飛び込んだ。周囲には濃い楕円の葉が幾枚か。イワカガミである。季節が巡るのは早い。
遊歩道を登り切り、長い林道を抜けると本格的な山道に入る。取り付きの急登を越え、鉢巻き状のトラバースで一息つくころ、ブナ林をくぐった清水が湧き出す箇所がある。脇に「延命水」と書いた標識。かすれて、やっと読める程度だ。手で受けると指先がかじかむほど冷たい水だが、のど越しはまろやかだ。
緩い巻き道も終わり、山頂への直登になると、再び急登がやってくる。息を荒くして30分ほど我慢すると、頂上直下の平原が広がる。山頂へ向かう道と右谷山への縦走路の分岐が現れる。ここまで来ると、草原のあちこちに薄紫が散在するのが分かった。まだ咲いていたのだ。尾根渡りの風が強まった。肌寒い。ザックに取り付けた気温計は15度あたりだった。この低温がカタクリの花を延命させていたのだろうか。
緩い斜面を登り、山頂を過ぎ、吉和冠へと向かう縦走路に足を踏み入れると、花は一段と鮮やかさを増した。
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