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山の図書館~「ヒマラヤ世界」(向一陽著) [山の図書館・映画館]

 山の図書館~「ヒマラヤ世界」(向一陽著)

  地球温暖化の次期枠組みを話し合うCOP15に寄せたヨーナス・ガール・ストーレ外相(ノルウェー)の一文が、ある全国紙に載っていた【注①】。北極の温暖化は地球の他の地域の2倍の速さで進んでいる▽グリーンランド氷床から失われる氷の量は過去10年間で3倍に増加▽ヒマラヤ山脈からアルプス山脈にかけての陸上氷河は急速に姿を消しつつある▽2100年までに海面上昇は2.1㍍に達するという予測がある―という。
 共同通信社で社会部長などをつとめた向一陽さんは、もう70代半ばになる。若いころは南米などにおもむき、数々の探検記をものにした。定年退職後の2001年、1冊の本を著した。「『ヒマラヤのトレッキングに行こうよ』。妻がそう言いだしてくれた。アンナプルナに憧れていたでしょ。定年記念に、アンナプルナを眺めるトレッキングに行こうよ」。こんな書き出しで始まる「トレッキングinヒマラヤ」は夫婦共著、カラー写真満載の楽しい本だった。
 その向さんがもう一度、ヒマラヤに関する本を出した。だがこれは、楽しい本ではない。地球温暖化や人間がもたらした汚染にあえぐヒマラヤのルポである。8億の人々がかかわるというこの地域の未来に向さんが警鐘を鳴らす。
 「ネパール・ヒマラヤ全域では、年間のトレッカー数は約10万人だ。ネパール中央部のリゾート地ポカラにあるACAP(アンナプルナ自然保護プロジェクト)の計算では、15人グループの10日間のトレッキングでは生ごみ15㌔が出る。ロッジは一日に薪300㌔を燃やしている」。しかしヒマラヤの自然の崩壊は、こうした人的破壊にとどまらない。深刻なのはノルウェー外相も指摘している氷河の衰退だ。
ヒマラヤ世界のコピー.jpg
 

「ヒマラヤ世界」(中公新書) 

 「モレーンの丘は高さ100㍍を超えるだろう」という巨大なロックフィルダムは、氷河が溶けだして拡大する氷河湖が造り出した。それがいつか決壊したら…。現地の旅行会社スタッフ(日本人)が証言する。
 「ここ3年ぐらい、行くたびに氷河の上の池が広がっている。(略)今年はすごい流れになっていました」
 実際「氷河湖決壊洪水」(GLOF)の懸念は高まっているのだという。1985年8月、ナムチェの足元の川で山津波発生。高さ60㍍の天然ダムが決壊し、人家や橋を破壊した。この湖は1965年の時点では影も形もない。20年間で湖ができ、消えた。著者によれば、2040年までにヒマラヤのほとんどの氷河は消えてしまう、という予測もある。氷河はモンスーンの豪雨を蓄える保水機能を持つ。この氷河がなくなったら…。ヒマラヤにぶつかる膨大な湿気はそのまま山腹を流れ下ることになる。雨期には大洪水、乾期には干ばつの恐怖が増大する。当然、農業をはじめとする多くの産業に大打撃を与える。
 広島のある学校で教職についていた大木章次郎神父はいま、ポカラで子供たちの面倒を見ている。その大木さんの言葉。「カトマンズは機械が汚す。ポカラは人間が汚す。外国人が汚します」。そして「今は子供たちを湖で泳がせたくない。目を悪くする」。その湖、ベワ湖は著者によると「白い逆さヒマラヤを映しだして、息をのむ美し」さだという。
 森林伐採も大きな問題だ。「山腹は伐採跡が天に至っている。(略)これではモンスーンの豪雨はどっと山を駆け下ってしまう。『ネパールが木を切るから洪水が起きる』。下流のバングラデシュの人たちの非難の声が聞こえるような気がする」。森が減れば動物のすみかも減る。再び大木神父の証言。
 「最近、ヒョウが麓から上がってきて、犬を襲っています。麓の木がなくなっているのです。うちの犬も去年、やられました」
 アフリカを起源とする人類は東へと移動し、ヒマラヤにぶつかって滞留。その後、南と北にわかれてさらに東を目指したのだという。10万年を単位とする人類史の俯瞰。そしてインドを含むこの地域の文明は5000年の歴史を持つ。2000年と言われる日本の文明など足元にも及ばない。その悠久の大地が危機にひんしている。
 山岳とはあまり関係を持たないが、石弘之「キリマンジャロの雪が消えていく」も、おなじような問題意識で書かれている。キリマンジャロの山頂氷河は年平均50㌢ずつ後退し、このままのペースだと2020年までに消失するという。アフリカ環境問題を論じたこの本では、当然のことながら人口爆発、乱開発、貧困や内戦にまで言及している。「アフリカは世界史から消えつつある」(W・ポスト紙)に対して「アフリカを消し去ってはならない」との著者の思いが、この本を実現させた。向氏も石氏もともに元ジャーナリストという経歴を持つ。
キリマンジャロのコピー.jpg
 

「キリマンジャロの雪が消えていく」(岩波新書) 

 【注①】1216日付朝日新聞。
 【
注②】「ヒマラヤ世界 五千年の文明と壊れゆく自然」は中公新書、880円(税別)。20091025日初版。「キリマンジャロの雪が消えていく アフリカ環境報告」は岩波新書、780円(税別)。初版は2009918日。 
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コメント 7

水郷楽人

温暖化の影響が心配ですね。氷河がある内は、洪水の危機もある反面、その水が資源にもなりますが、枯渇したあとは多分、すさまじい砂漠化がまっていることでしょう。今の内にシッカリとした対策が必要ですね。
by 水郷楽人 (2009-12-16 18:37) 

asa

COP15では米中がやっと同じテーブルに着きました。しかし米中を含め各国はそれぞれの利害関係を主張するばかり。自分たちの乗っている船が沈もうとしているのに何をしているのでしょうかね。
by asa (2009-12-17 06:58) 

山子路爺

こんばんは。
ヒマラヤの高峰の頂に雪がない所も…という話を耳にしました。
実際にはみることは出来ないので、あくまで話ですが。
by 山子路爺 (2009-12-17 21:06) 

asa

山子路爺さん、いつもありがとうございます。
やっぱり、あちこちで雪がなくなっているんでしょうね。
心配なことです。

by asa (2009-12-18 12:39) 

tomo

「その湖、ベワ湖は著者によると「白い逆さヒマラヤを映しだして、息をのむ美し」さだという」。
 放浪の途上、訪れたペワ湖。は静かで、牧歌的光景を愛する外国人たちのボートがたゆたっていました。そうそう、ポカラにはサランコットの丘というのがあり、歩いていると子どもたちが集まってきて、遊んだものです。実にピースフル。見上げればエベレスト。美しい大自然の懐に抱かれていました。
 あれから幾星霜。目を覆いたくなるような現実に直面しているのですね。あの頃はよかった、では済まされませんね。

by tomo (2009-12-20 15:43) 

広島ピアノ

訪問&コメント有難う御座います!
by 広島ピアノ (2009-12-21 16:39) 

nstyle

温暖化は確実に進んでいるのだろうと思います。
そして、人類が最優先しなければならない課題のひとつだと思います。
果たして政治主導で解決できるのか、とても疑問を感じます。

by nstyle (2009-12-21 17:55) 

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